
本
「———こんなところに喫茶店なんてあったんだ。」
いつもは通らない道に、ふらふらと足を踏み入れて突き当たり。
こぢんまりとしたお店がある。
お店の前にはさりげない観葉植物に、メニューの書かれたレトロな黒板の看板。
扉の飾り窓は、ほんの少し色のついたステンドグラス。
雰囲気のいいお店だ。
———ちょうど喉も乾いてきたし、入ってみようかな。
気まぐれに扉を開ける。
扉についていたベルがカランカランと軽やかに鳴った。
「いらっしゃいませ」
コーヒーの匂いと共に店員さんが現れる。
1人です、と伝えると、窓際の丸テーブルに案内された。
席につき、メニューを開く。
コーヒーが多い。
『キリマンジャロ』、『モカ』、『エスプレッソ』や『エスプレッソマキアート』……。
コーヒー豆の産地からコーヒーの種類まで、色々書いてある。
———多いな……。
コーヒーは割となんでも飲めるが種類には疎いので、ちんぷんかんぷんだ。
頭を悩ませながらページをめくっていると、最後の一文が目に入る。
「店主の気まぐれコーヒー」
日替わりで、店主がおすすめのコーヒーを選びます。
———これにしよう。
気まぐれに入った店で気まぐれに選ばれたコーヒーを飲む。
たまにはこういうことがあってもいいだろう。
ベルで店員さんを呼び、注文する。
店員さんがカウンターに戻った後、私は店内をぐるりと見渡した。
入ってきた扉は、やはりステンドグラスが煌めいている。
小さな木製の丸机と椅子が四つと、四人がけのテーブルが三つ。
時間帯が時間帯なだけに、他に人はいない。
微かにかかっている店内音楽はジャズのようだ。
店員さんが戻って行ったカウンターでは、大きなフラスコがアルコールランプにかけられているみたいなセットがある。
視線をスライドさせていくと、店主だろうか、コーヒーをいれる初老の男性と目が合った。
にこりと微笑みかけられたので、軽く会釈をする。
感じの良い人だ。
しばらく隠れ家のような店内を堪能していると、店員さんがやってきた。
とても深いコーヒーの香りがする。
「こちら、本日、店主がおすすめするブレンドコーヒーとなっております」
置かれた白いカップには、黒々としたコーヒーが並々と注がれている。
「砂糖とミルクはそちらをご利用ください」
店員さんは慣れたようにテーブルに備え付けられていた砂糖壺たちを指し示すと、ふっといたずらっぽく笑う。
「そしてこれは、わたくしからのおまけなのですが————」
ことりと小さなお皿が置かれた。
そのお皿には、白いアイスがのっている。
「力作です。ぜひ召し上がってください♪」
少々惚けてしまった私の様子に、楽しそうに笑いながら店員さんは立ち去って行った。
———こういう特別扱い、嫌いじゃない。
————というかすごく、すご〜〜く、嬉しい!
好きだ〜!という気持ちを胸に、私は満面の笑みでこう言った。
「いただきます!」